臼庭潤君のこと、そして良いお年を (3/3)

12-29,2011

(1/3) , (2/3) の続きです。2010年9月14日のメール、

実は先程、ロイの監護養育権の獲得が確定になりました。
ご相談にのってくださって、励ましてくださってありがとうございました。
これからますます子どものためにもミュージシャンとして前進していく意欲に燃えております。


2010年11月30日 どこかの公園で息子と一緒に遊んでいる2つのビデオ付きのメールで、

アケタの店での音源の件でメール致しました。
その後息子ロイとの生活も落ち着き、無事に元気に1歳3ヶ月を迎えました。
僕の祖母は一周忌を迎えました。
我が一人息子のロイと祖母にあの日の演奏をCD化して捧げたいと強く思っております。


僕は返事でまだバンドがまとまっていないから早急ではないか、もっと一緒に仕事をしてバンドを煮詰めて行こう、そのうちに僕のレーベルから潤のCDを出す事も考えて行こう、そんな事を書いた事 憶えています。

年が明けて2011年になってから僕の今年の春の日本でのスケジュールを送ったのですがメールの返事が来なくて、やっと返事が来たのが2月14日のメールで、

現在2週間程入院中です。
あと2日位で目処がつきそうです。


との事、そのすぐ後に潤の友達からのメールが届きました。

臼庭 潤が、入院中なので、彼に頼まれてメールしました。
今月の初めから、精神的ストレスにより、潤は入院しております。
まだ、退院の予定は、たってませんが、今週末から来週かな?と
潤の家族と私はみています。
何回か、面会に行きましたが、だんだん調子も良くなって、きておりますので、
安心してください。
何か仕事の件など潤に伝えることなど、ありましたら、お手数ですが、こちらに
メールしてください。潤に伝えます。


5月になってから彼自身からメールが又来るようになって、

今回の病は想像以上に手ごわく、離婚問題、子供の件もあり自宅療養中です。
全く御連絡出来なかったので気になってメール致しました。
快方に向かっていることは事実です。

僕は最近復活の予感を少しずつ感じております。(まだ不安と焦りが交錯していますが)
夏にMASUOさんがまた帰国なさる日程に目標を持って、この療養中に新たな自分を探してみようと思っております。
なるべく早く本調子になれるようにつとめます。


この様に立ち直ろうと一生懸命がんばっていたんですよ。
しかしこの後の6月6日のメールが最後のメールになってしまいました。
僕は7月からチンさんとのツアーが始まって8月に入ってからそろそろ連絡を取ろうかなと思っていた矢先でした。
もう少し早くに連絡を取っていたらどうなっていたんだろう。もっともっと手を差し伸べる事が出来たのではないかそんな事を考えると悔やまれました。

Live at LazyBird という臼庭君の丁度2年程前録音のアルバムが AKETA'S DISK から出ています。彼の事を思っているんだったら是非聞いて下さい。そこには潤が生きていますよ。


心の病の苦しさは本人だけにしか理解出来ない事ですね。情報がありすぎて肝心な事を見忘れてしまう。現代人の持つそんな心のストレスはみんなが直面している問題ですね。繊細な人程苦しさが大きくなってしまう。

でも生きている事って何と素晴らしい事なんだろう。僕はそう思っているよ。ほんのちょっとした心の持ち方しだいでこの世界に素晴らしい事や楽しい事がいっぱいある事を見つける事が出来るよね。それに何か希望を持って生きて行くのも大切だよね。

大変な事も沢山あるけれど Life Is Good だよ。
One Word が大切だよね。本当に。

それでは良いお年を。


MASUO
 

臼庭潤君のこと、そして良いお年を (2/3)

12-29,2011

(1/3) からの続きです。臼庭潤(うすば じゅん)さんのこと…
彼と始めて会ったのは新宿の J で。随分昔の事です。それから日本に行くと時々会ったり一緒に演奏したりする機会もありましたがその後しばらくの間ご無沙汰になってしまいました。そんな彼から突然メールが来たのはピアノの本田君が亡くなった時。メールの内容は、お葬式に行って、もぬけの殻の様な本田君の亡がらに会っても何も感じられなかったんだけれども、僕が書いた追悼文を読んでいるうちに駆け出しの頃 本田君にしぼられた事や昔のいろんな事を思い出して来て思わず涙が出て泣く事が出来た、 っていう様なメールでした。
僕があの文章に書いたあの日のピットインでの珠也のバンドというのに臼庭君が入っていたんですね。

それから又最近のつきあいが始まった訳です。

2008年の12月。突然僕が演奏しているNYの Arthur's Tavern に現れたんです。ドラムの平川君とは日本の時からの友達だったとの事。久しぶりに会ってルックスが全くの別人。あまりにも前のイメージと違うのでビックリでした。新しいガールフレンドと一緒にとても幸せそうでエネルギーに満ちあふれていました。41歳にして結婚の決意をして最高に幸せな時だったんだね。

次は2009年の2月。目黒のJ.J's カフェにベースの岡田君、ドラムのウータン、それに海老原淳子というメンバーで出演している時にドラムの横山和明君を連れて遊びに来たんです。この時も数曲飛び入りで演奏。ぬけた音で思いっきりの良い吹っ切れた男っぽいプレーでとても好感を持っていました。

それで次が去年2010年の夏、一緒に仕事したんですが結局これが最後になったしまいました。
6月の末から7月の頭にかけて彼が新しく組んだバンドに僕がゲストで入って J , Sometime , アケタの店 , NARU の4カ所で仕事をしたんです。メンバーはピアノ松本茜、ベース畠山芳幸、ドラム横山和明。(テナーサックス 臼庭潤

その間も彼が最近作ったCDを送ってくれたり彼のバンドとのこの仕事の件の話もあったのでメールでのやり取りがいろいろありました。

2010年1月4日 幸せそうな家族3人の写真付きのメールで、

昨年8月22日に息子が誕生し、お陰様で順調に成長しております。
名前はロイです。
名付け親はロイ・ヘインズで本人が一筆くれましたので、心意気にあやかってカタカナにしました。
僕も父親としての自覚を新たに演奏に反映させていきたいと思っております。


2010年4月17日のメールには、

僕は5月からジャズ原点に帰るべく、念願のカルテットを結成し、スタンダードを思いっ切り演奏し新たな音楽人生に賭ける思いでいっぱいです。

そんな風に前に向かって力一杯走り出していたんですね。

最初の J での演奏はとにかくやってみようと言う様な演奏だったのですがバンドメンバーみんなが若者なのでエネルギーいっぱいで楽しかった。2回目の Sometime の仕事の時は始まる前に選曲にバラエティーをつけようとか違うテンポの曲もやってみようとか話し合ったものです。

3回目のアケタの店での演奏は店の機材でライブレコーディングしてあるんですよ。結局これが最後のレコーディングになってしまいました。その夜はケイ赤城や珠也も聞きに来ていました。

結婚生活が崩れてしまった事を僕が知ったのがこの日だったんです。あんなに幸せそうな二人だったのでその話にはショックでした。

4回目最後の仕事 NARU の時はケイ赤城が又遊びに来て数曲一緒に演奏したりバンドもやっと落ち着いて来たという感じで僕としては一番楽しめた演奏でした。ケイも潤のプレーには好感を持っていたよ。

彼の溢れ出る様なプレーは4回通して全部素晴らしかった。そこにはこれからどんなにすごいミュージシャンになって行くんだろう、楽しみだなと感じさせるものが多々ありました。残念でたまりません。スピリットがあり存在感のあるプレーは時々ソニーロリンズを彷彿するような瞬間もあった。実はソニーもそうなんだけれどあの豪快な演奏の裏には繊細で複雑な部分があるんですね。そういうものがその人物の深さにもなる訳ですが臼庭君にも正にそういうところがあったんだと思います。

次の記事で完結します

臼庭潤君のこと、そして良いお年を (1/3)

12-29,2011

みなさん、こんにちは。今年も残りがもう後数日になりましたね。
昨日は今年最後の仕事でNYに行ってArthur's Tavern でやって来ました。あいにくの雨でNYに着いた頃はドシャ降りになってしまって楽器を運ぶのが大変だった。ギターは久しぶりにレスポールを持って行ったよ。
終わってから平川君とチャイナタウンへ。雨もあがって12月とは思えない程温かい夜だった。

日本にいる時、知らないうちに荷物が多くなってしまったので帰って来る前に船便で送った荷物が今朝到着しました。中身をチェックしていて一冊の本を見つけてチラッと眼を通したら思わずそのままその本の世界に引きずり込まれてしまいました。本の題名は 旅をする木 。著者は星野道夫さんです。プレゼントでいただいた本なんです。

実は数日前クリスマスの頃に僕のサイトに送ろうと思って書き始めた文章があるのですが、途中で何か書いている意味を見失ってしまってそのままになっていたんですけど、この本 旅をする木 の始めの所をちょっと読んだだけで又その文章を書き終える気持になったんです。

最近つくづく思っている事は、人は一人一人がみんなスペシャルなんだって事。今回も日本中旅をしていろんな所に行って沢山のスペシャルな人に会いました。そしてその会った一人一人の人からもらった素晴らしいもので心の中がいっぱいです。そんな宝を心の中に持っている自分が幸せ者だと思います。感謝!!!

この本を読みながら新年を迎えたいと思います。ありがとうね。



今日は12月24日、明日はクリスマスですね。
こちらはいい天気。Another Nice Day In ペンシルバニアですよ。
このところ異常気候でいつもの様に寒くないので湖もまだ氷が張っていません。

僕にとって今年は特別な年でした。チンさんと初めての二人だけのレコーディング、そしてその真っ最中に起った東北震災、アメリカに渡って40年、早稲田のダンモ研の50周年、それにこの12月は僕達がこの家に引越して来てまる10年。ワールドトレードセンターの出来事があった3ヶ月後だったんです。
引越の時は別便で家財一式の荷物を積んだトラックがこの家に到着する前に僕達が先に行っていなければならなかったので、飼っていた4匹のネコを車2台に分けて前の晩から寝ないで早朝ドライブして来たのを昨日の事の様に憶えています。もう10年も経ったなんて時間が過ぎるのが早いですね。

もう3週間程前になりますが Kennedy Center Honors というイベントで歌手のニールダイヤモンド、チェロのヨーヨーマ、女優のメリルストリープ等に混じってソニーロリンズが芸術に貢献したという事で表彰されました。TVでもその表彰式が番組になって流れたので僕も見ましたがビルコスビーに紹介されて81歳のソニーとってもハッピーそうで僕も嬉しくなってしまいました。素晴らしいですね。フレーフレーソニー!


同じテナーサキソフォン臼庭潤君の事を書こうと思います。僕が日本に居るとき8月に急死してしまい彼の突然の死は何とも納得がいかないと言うか、何か出来なかったのだろうか、ずっと心に引っかかっていた事で何か書かずにはいられない気持だったんです。

44歳の若さで終わってしまった人生、今は安らかに冥福されている事を祈ります。

自分の音楽に真剣に強く情熱を持って熱く燃えていた音楽同志臼庭潤の事を少しでもみなさんに伝えられたらと思って彼との思い出を書きます。
次の記事 (2/3) へ続く。

準備中

12-22,2011

*** 増尾好秋Webサイトの管理人より ***

「増尾好秋からのメッセージ」 コーナー
http://www.ymasuo.com/fmmasuo/

(の内容)を、今後こちらにもアップするつもりです。
以前の記事もこちらにコピーするかどうかは思案中です。
いずれにしても当面は、両方に同じ記事をアップします。

普通のHTMLページとブログ、それぞれメリットがありますし、
同じブログでもどこのブログ システムを利用するかなど、
しばらく迷っていましたが、ようやくこのブログの開設に踏み切りました。

デザインは、とりあえずは既製のテンプレートをほとんどそのまま使用していますが、時間のあるときにページ隅の定置リンクなど、手を加えようかなと思っています。
なお、この文は、いずれ削除します。どうぞよろしく。 (2011年12月22日)